Background

うつ経験をきっかけに独立起業。丸屋優子さんが届けるタクティールケアの心の支援

福岡県久留米市を中心に活動する「タクティールケア専門」メンテナースえんざくらは、スウェーデン発の触れるケアを専門とするサービスです。代表の丸屋優子(まるや ゆうこ)さんは、19年間の看護師経験を活かし、2024年に独立してこの事業を立ち上げました。

タクティールケアとは、約20年前にスウェーデンから認知症の緩和ケアプロジェクトの一環として日本に導入された「触れるケア」です。マッサージのように押したり揉んだりするのではなく、優しく撫でる、さするといった施術を10分間継続して行います。

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看護師への道のりと転機

丸屋さんが看護師を目指したのは中学時代でした。当時はアイドルを目指すかどうかも迷っていましたが、「人のために何か役に立ちたい」という思いが根底にあり、看護師の道を選択しました。

「子供の時に病院に行くことが結構多かったです。その度にお母さんがお仕事を休んで、私の看病をしてくれたりとか、その優しさがずっと私の中で残りました。同じ優しさを私も届けていきたい、誰かのためにそれを伝えていきたいと考え、看護師になりました」

看護学校がある高校で5年間学び、看護師資格を取得後は小児ICU・クリニックで子供たちのケアを担当しました。その後、特別養護老人ホームや有料老人ホームといった高齢者施設に移り、在宅での看取りにも関わりたいという思いから訪問看護の道に進みました。

転機となったのは高齢者施設での勤務時代でした。「自分に何も強みがないな」と感じていた時に出会ったのが、認知症の方に良いとされる触れるケアでした。

「怒ったりとかイライラしたりとか、そういう利用者さんが私の触れるケアを受けて落ち着かれる、表情が緩んでいき、にっこりなっていく。その様子を見て、これって本当に大事なケアなんだなって思いました」

うつ体験と独立への決意

丸屋さん自身にも大きな転機が訪れます。転職をきっかけにうつを経験したことでした。

「私自身がうつになり、看護学校時代のテキストで見るよりずっとキツいと感じました。その思いをみんなにしてほしくないなって思いました」

薬の副作用の辛さも経験した丸屋さんは、薬に頼らない心のケアの重要性を実感しました。訪問看護の現場に戻り、再び触れるケアを実践する中で、自分自身の心も安定していくことを感じました

「相手の方も笑顔になる、喜んでくださる。そしてそれを見た家族であったり、周りにいるみんなも笑顔になっていく。そういうのを見ていたら、私自身がそのケアを通して笑顔を色々な方に広げていけることができると思いました」

この体験から、触れるケアを通じて社会に笑顔を広げたいという使命感を持ち、丸屋さんは2024年に独立を決意しました。

触れるケアの実際と利用者の変化

現在、「触れるケア」は日本では医療行為としては認められておらず、保険適用外の自費診療サービスとなっています。それでも丸屋さんのもとには、心に不安や苦しさを抱える方々が訪れ、触れるケアを通じて心の安定を求めています

丸屋さんが提供している触れるケアは、自宅訪問を基本としたサービスです。料金は1時間9,000円と交通費で、利用者は小学生から50代までと幅広く、特にうつや心に不安を抱える方が多く利用しています。

「お客様はうつの方とかが多いです。心が苦しいとか不安とかを持ってある方が、私の話を聞いて、触れるケアを実際に受けて、心が落ち着くと感じていただいています」

触れるケアでは、オキシトシンという「幸せホルモン」の分泌が期待されるとされています。10分間継続して優しく触れることで、このホルモンが血液を介して全身に巡り、リラックス感や安心感をもたらすとされています。

また、もう一つ印象的な事例として、仕事への意欲を失っていた20代の利用者の変化があります。月1回の全身ケアを3ヶ月続けた結果、「仕事辞めたい」と言っていた方が「仕事全然楽しい」と話すようになり、さらには自ら仕事のペースを上げるまでに変化したといいます。

「アルツハイマーの認知症がすごく進んであって、意思疎通が取れない方がいました。私がケアをさせていただいて3ヶ月ぐらい経って、ちょっとずつ目線が合うようになってきました」

この変化は家族にも影響を与えました。初めて介護を経験する家族は、当初は力ずくでの介護になりがちでしたが、触れるケアを受けたことで表情が良くなり、優しい雰囲気が出るようになると、その家族の方もどんどん優しく接するようになっていったといいます。

触れるケアが本人だけでなく、周囲の人たちの関係性まで変えていく様子を見て、丸屋さんはケアを通じた環境づくりの重要性を実感しました。

日本における課題と今後の展望

スウェーデンでは医療として位置づけられている触れるケアですが、日本ではまだ医療行為として認められていません。薬機法などの規制もあり、医療関係者の中でも認知度は高くないのが現状です。

「この触れるケアは確証的に治ると言えない療法なので、薬機法の制限もあり、医療行為としては認められておらず、なかなか普及していません。」

また、即効性を求める傾向が強い中で、触れるケアは「漢方薬のようにじわじわと変化をもたらす」性質があるため、理解を得るのに時間がかかることも課題です。

それでも丸屋さんは、将来的に市の事業として触れるケアが取り入れられ、より多くの人が気軽に利用できる社会を目指しています。実際に久留米市、八女市、筑後市の市議会議員や市職員にプレゼンテーションを行うなど、積極的な活動を続けています。

「心のケアを求める人が少なくなることを私は目標にしてるので、市の事業として取り入れ、利用者は少ない負担で気軽に、触れるケアを受けられる社会になっていってほしいです」

日本人は元々スキンシップが少なく、特にコロナ禍でその傾向は強くなりました。だからこそ、触れることの意味と価値を伝え続けることが重要だと丸屋さんは考えています。

「触れ合うことがそもそも日本人は少ないですし、触れるハードルってすごく大きいと思うんですけど、だからこそ触れた時はその喜びを感じやすいと思います」

19年間の看護師経験で培った「手で触れて目で見る」という看護の原点を大切にしながら、丸屋さんは一人ひとりの心に寄り添う触れるケアを通じて、社会により多くの笑顔を広げていこうとしています。

 

「タクティールケア専門」メンテナースえんざくら

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