株式会社増田桐箱店は、人間国宝の作品を収める箱からお酒やお菓子などのギフト用の箱まで、幅広く桐箱の製造・販売を手掛ける老舗企業です。年間100万個以上の桐箱を製造し、その技術力で数多くの作り手や企業のニーズに応えています。
創立100周年を目前に控えた同社で、24歳という若さで3代目社長に就任したのが藤井博文(ふじい ひろふみ)さんです。高校卒業後に台湾で2年間の留学を経験し、祖父からの誘いで20歳でこの会社に入社しました。
「必要とされるものを作りなさい」という祖父の言葉を胸に、従来の下請け体質から脱却し、桐の米びつをはじめとした自社商品の開発や海外展開、さらにはDX化まで手掛ける藤井さん。桐箱業界の常識を覆しながら、「日本で一番箱作りがうまい会社」を目指します。
子供の頃から野球一筋で育った藤井さんは、受験勉強が苦手だったこともあり、高校卒業後にいきなり台湾留学を決意しました。「海外でも、食事が美味しくて日本から近ければホームシックにならない」という理由で台湾を選んだといいます。
留学中に先代社長の祖父から会社への参加を打診された藤井さんは、20歳で株式会社増田桐箱店に入社し、24歳で代表取締役に就任しました。

「両親が離婚していて、小さい頃から祖父に飯を食わせてもらったという感謝もあったので、祖父から言われたことに関してはすぐに『はい』と言おうというのも結構大きな理由でした」
祖父は魚釣りが好きで、あまり多くを語らない人でしたが、それが居心地が良かったと藤井さんは語ります。会社に入ってからも経営について口酸っぱく指導されることはなく、「必要とされるものを作りなさい」という広い意味を持つアドバイスを祖父はしたそうです。
「『経営に関しては他所で聞いてきなさい』というスタンスでした。この承継の仕方としては独特だったなと思いますね」
普通高校から海外留学、そして会社入社という経歴の藤井さんは、経営の勉強を正式にしたことがなく、すべて我流で学んできました。

「経営の勉強は実はしていなくて、全部我流です。僕は考えるのが苦手なので、PDCAの「P」がずっとなくて、「とにかく体を動かそう」みたいなところから、「失敗すればやめればいい」のような、やりながら方向を若干変えていくような経営をしています」
この実践第一のアプローチが、後の会社変革の原動力となっていきました。

事業承継のタイミングで藤井さんが最も強く感じたのは、桐箱業界が抱える根深い問題でした。
「安くて早くて、でも良いもの作れっていうことに対し、この業界は矛盾していると最初にすごく思いました」
先代の祖父から言われた言葉が、業界の体質を物語っていました。「桐箱屋さんは玄関から入ったらいけん。裏口から入りなさい」中身が主役で、箱屋は表に出てはいけないという考え方が当たり前とされていたのです。
「僕達は常に脇役で、『お前のところ以外にも箱屋さんはおるからな』とずっと当たり前に言われていたところもあるので、その部分は未だにすごく悔しいと思っていますね」

従来の桐箱業界は下請けの体質が強く、東京や大阪の商社から孫請けのような形で仕事を受ける構造でした。値上げできない、言われた納期で作らなければならないという環境が経営を圧迫し、追い込まれた姿を見て子供が継ぎたいと思わない悪循環が生まれていました。

藤井さんはこの体質からの脱却を目指し、中身ありきの箱作りから、自分たちが商品を企画・製造する方向へと舵を切りました。これにより「自分たちのペースで仕事ができるようになった」と大きな変化を実感していると語ります。
増田桐箱店の転換点となったのが、桐の米びつの開発でした。「虫がつきにくくて、味が劣化しにくい、そして桐箱の軽さ」という3つの特徴を活かしたこの商品は、同社の看板商品となりました。

当初は日本国内中心でしたが、現在では海外十数か国に輸出を展開しています。アメリカ、カナダ、韓国、香港、台湾、タイ、ベトナム、シンガポール、イギリス、フランス、ドイツ、スイスと、その範囲は着実に広がっています。
「桐箱を知らない国に桐箱を売るというところをすごく意識しています。その国の良いものがある上で僕らの商品を買っていただく、そのためにはまずは手に取りやすい価格を提供していこうということで、海外こそ安く出すというところをすごく意識しました」
海外展開では、各国の食文化に合わせた提案が功を奏しています。アメリカでは米びつを購入したの半分の人がナッツやシリアル用に使用しており、「桐箱を米びつとして売るのではなく、保存に適したフードストッカーと名前を変えていく」ことで、現地のニーズに対応しています。

藤井さんの商品企画には2つのアプローチがあります。1つは「新たなものを生み出す」こと、もう1つは「もったいないから生み出す」ことです。
「工場でゴミ箱を結構確認してて、『こんなものを捨ててしまうんだ』から商品企画ができるのだと感じました。『ゴミだったものから商品に変える』、そこに結構ワクワクしてるところでもあります」
例えば、ボードゲームのリバーシは、本来捨てられる端材を見て「駒だったら作れる」というアイデアから生まれました。

「高価な靴はそんなに高い頻度で履かないんですけど、いざ履こうとするとソールが剥がれていたりっていう問題がありました。桐のスニーカー箱は、そんな『もったいない』から発想された商品です」
このような「もったいないから生まれた」ストーリーは多くの顧客に共感され、商品の魅力を伝える重要な要素となっています。

経営者として成長する過程で、藤井さんは職人とのコミュニケーションについて大きな学びを得ました。
「会議をすればするほど、自分はもっと多くの人に喋ってもらいたいというイライラが募り、一度、『なぜ喋らないの?』と尋ねた時に、『いや僕らはものづくりするためにこの会社に来たのですが』という一言が結構重く感じました」

この経験から、現在は会議を月に1回、全員の前で話すのも年に3回に限定しています。「職人は作ることを通じて喜びを感じ、我々経営層はそれをマネジメントすることで喜びを感じていく」という役割分担を明確にし、良い距離感を保つことを心がけています。
2023年頃から、増田桐箱店は新たな挑戦を始めました。外部のSEをチームに迎え入れ、社内ベンチャーとしてデジタルコンテンツ事業に本腰を入れるようになりました。

きっかけは自社の業務効率化でした。電話やFAXでの注文対応に振り回されている状況を改善するため、パソコンの画面で注文状況を一目で確認できるシステムを構築。その結果、工程を7割も削減することに成功したのです。
「日本一アナログな増田桐箱店と自覚してる会社が、『たった1つのデジタルで大きく変われる』。この気づきを多くの方にシェアしたいと考えました」
この体験から生まれたのが「シンプルDX」というコンセプトです。「職人ですら使えるデジタルコンテンツ」をテーマに、ものづくり企業向けのデジタルツールやコンサルティングサービスを提供しています。そして、藤井さんが強調するのは、職人目線での共感の重要性です。

「うちのような会社って職人が頑固だから、デジタルコンテンツを全然使えないんですよね。しかし、そんな職人でも使えるものを作ったら、職人にも好評でした。このような話を他社に話すと、とても共感をいただけました。」
自社の職人の体験談や成功事例が、顧客との信頼関係構築に大きく役立っています。歴史ある会社がDXに取り組むという信頼性も、事業展開において重要な要素となっています。
この増田桐箱店のデジタルコンテンツ事業は、「中身も続き、箱も続く未来」に繋がる戦略的な取り組みで、ものづくり企業が生き残るための必要なツールになりつつあると、藤井さんは語ります。

株式会社増田桐箱店は創立100周年を目前に控え、新たなステージへの挑戦を続けています。東京・御徒町と秋葉原の間にショールームを開設し、直接顧客と触れ合う機会を増やしています。
「桐箱という事業を通じて、数多くの中身の生産者であったり作り手の方と関わることができました。僕らが動けば動くほど、お客様にお会いした時に、「桐箱ってニッチと思ってたけど、色々やりがいがあるのですね」みたいなことを言われると、今までのお客様からも感謝されてるっていうとこに、すごく喜びを感じていますね」
藤井さんは、桐箱の需要が不透明な中でも、職人が持つ技術を活かして様々な分野に販路を拡大することが「必要とされるものづくり」だと考えています。桐だけでなく硬い木を使った箱作りにも挑戦し、桐箱に留まらない「日本で一番箱作りがうまい会社」を目指しています。

「残っていく桐箱から、必要とされる箱作り、こっちにシフトしていきたいなと思ってます」
祖父から受け継いだ「必要とされるものを作りなさい」という言葉を胸に、伝統を守りながらも時代に合わせて変化し続ける藤井さん。次の世代にバトンを繋ぐため、株式会社増田桐箱店の挑戦は続いていきます。
ファウンダーメンタリー(Foundermentary)は、様々な挑戦に立ち向かう人々の軌跡を発信しています。
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