製造業おすすめの物語 233 ファウンダーメンタリー編集部 2025年8月29日
福岡県柳川市にある株式会社乗富鉄工所は、水門や除塵機といった水のインフラに関わる設計・製造を手掛ける老舗企業です。しかし近年、この会社が業界内外で大きな注目を集めているのは、従来の鉄工所のイメージを覆す革新的な取り組みにあります。
「ノリノリプロジェクト」と名付けられたプロダクト事業では、キャンプ用品や家具の製造・販売を展開し、グッドデザイン賞を2回受賞、世界三大デザインアワードの一つであるiFデザイン賞も獲得するなど、国内外で高い評価を得ています。
3代目社長として会社を引き継いだ乘冨賢蔵(のりどみ けんぞう)さんは、関東の造船所で7年間の経験を積んだ後、2017年に経営難に陥っていた家業に戻りました。
当時、職人の退職が相次ぎ深刻な状況でしたが、組織改革や新事業の立ち上げを通じて、現在では優秀な人材が集まる会社へと変貌を遂げています。
乘冨さんが家業に戻った2017年、株式会社乗富鉄工所は存続の危機に瀕していました。35人いた職人のうち15人が3年間で退職し、もはや物が作れない状況になっていたのです。

「ここはもう、放っておくと潰れるという感覚はありました」
乘冨さんはまず、退職した社員全員と面談を行いました。「最後に、この会社の何が嫌だったのかを教えて欲しい」と率直に問いかけた結果、最大の問題は給与体系にあることが判明しました。年配の社員は相応の給与を得ていたものの、若手は未熟という扱いで丁稚奉公のような低賃金だったのです。

乘冨さんは退職者の給与の8割を残った社員、特に若手に分配することで一般的な給与レベルに近づけました。しかし、これは「出血を止める」応急処置に過ぎませんでした。
「残ってくれた人に、その理由を聞いてみると『ものづくりが好きだから』という人がほとんどでした」
株式会社乗富鉄工所が拠点を置く柳川市は「水の都」として知られていますが、実は元々水が豊かだったわけではありません。

「柳川は有明海に面しており、川に潮水が逆流してくる『潮汐差』が発生します。そのため、農業や生活用水としての真水を得るには、上流から水を引っ張り、プールのように貯める必要があります。」
そこで活躍するのが水門です。洪水を防ぐだけでなく、生活用水を貯めるという重要な役割を担い、同社は50年以上にわたって手作りで製造してきました。
しかし現在、水門業界は深刻な課題に直面しています。水門の多くは高度経済成長期の1980年代頃までに集中的に作られ、新規需要は右肩下がりです。さらに古い水門の老朽化、管理者の高齢化、そして環境問題も顕在化しています。

「職人たちが、20年前に作ったあの水門が町にあって、『あの時、大変だったよね』のような話をずっとしていて、子供に見せたりもします。職人たちにとってそれが誇りなのだと感じました。」
職人たちの誇りを大切にした乘冨さんは、彼らを「メタルクリエイター」と呼ぶことにしました。工場では水門だけでなく、暇な時間に椅子やテーブルなども作っており、何十年も使われている格好いい家具もありました。

この幅広い職人の技術力を活かしたいと考え、乘冨さんはプロダクト事業として、「ノリノリプロジェクト」を開始。「職人が色々な物を作れる」を根底に、デザイナーや大学関係者、学生たちが一つとなって、様々なキャンプ用品や家具が生まれました。
このプロジェクトの最初に作られた「スライドゴトク」は、キャンプ好きの職人が「自分で使いたいもの」として作った製品で、水門と同じステンレス304を使用し、コンパクトで多用途に使える五徳でした。

「ヨコナガメッシュタキビダイ」は、横から炎が透けて見える美しい商品で、釣り好きの職人が「いろんなところで釣った魚をその場で焼いて食べる」ことを想定して開発されました。
「こちらは、グッドデザイン賞や世界三大デザインアワードのiFデザインアワードを受賞し、高い評価をいただいているプロダクトです」
このプロジェクトの特徴は、関わる全ての人が楽しむということです。

「使う人が楽しいのは当たり前で、作り人も楽しい。職人さんが仕事を楽しむことを大事にしたかったのです。また、当時は大学生とコラボしていたので、マーケティングを勉強している学生も楽しめる、『皆でこのプロジェクトを楽しもうよ』という思いで始まりました」
現在では社内にデザイナーも加わり、彼らが一生懸命プロダクトを考案しています。子供がぶつかっても倒れないプランターカバーの「PLUST」など、生活に密着した製品も生まれています。

「『僕がやってみたい』っていうより、社員発信で『やってみたいこと』を、ビジネスに繋げていくことを、やっていきたいなと思っています」
組織運営でも大胆な変革を行いました。従来のピラミッド型組織から完全にフラットな組織への転換です。

「人って、管理されるっていう圧がかかると、反抗したくなるんですよね。圧力のある枠組みに対して嫌だなって思う人は、その枠組みをハックするか、完全に順応してしまって何も考えなくなる、そのどちらかしかありません。」
今後は全ての役職を廃止する予定で、「やりたい人が挙手して自然とその誰かがボールを受け取ってやっていく」体制を構築。代表の乘冨さんですら「知らないところでいろんな商品を勝手に開発してやってます」という状況です。

働く環境も革新的です。男性の育休取得率100%、年間休日数120日、「本をいくらでも買える制度」、休日のない6月に「休みたいの日」を設けるなど、社員のアイデアを次々と制度化しています。この結果、現在の採用コストはわずか5万円で、「勝手に来る」状態になっています。
「普通の黒いリクルートスーツ着て、なんか学歴とかを語って集団面接みたいなものを1回やってみたけど、『なんか違うな』と思って途中で辞めた人達が、当社にたくさん集まり、すごく活躍しています。」

こうした発見を受けて、乘冨さんは「就活モヤモヤ会議」というユニークなイベントも開催しています。大学の先生やラジオパーソナリティなどを招き、就活に疑問を感じる学生たちとひたすら語り合うイベントです。従来の就活システムに違和感を持つ学生たちにとって、新たな選択肢を示す場となっています。

「就活って『誰かが決めた、既存のよくわからないルール』に従うことだと思っていて、疑問に感じていました。ルールに縛られたくない、強い意志を持った人達が当社にすごくマッチしていると思います」
ノリノリプロジェクトの成功は本業にも好循環をもたらし、大学との研究により次世代型水門の開発も進んでいます。

「水門は単純に『川の公共工事のインフラ』ではなく、『川と人を繋ぐ』みたいな、そういうインフラだと思っています」
こうした理念のもと、スマートフォンで操作できる水門の開発や、AI技術を活用した地域全体の治水システムの構築、生態系により良い影響を与える環境配慮型の水門など、これまでにない次世代型の水門開発に積極的に取り組んでいます。

大学で講義をした際に「乘冨さんって会社で何をしてるんですか」と質問され、改めて自分の仕事を振り返ったといいます。
乘冨さんの役割は、従来の業務の延長線上にはない新しい人材や技術、機械などを会社に招き入れ、社内と外部をつなげる「社会との接続役」でした。デザイナーや大学生、異業種の人材、スタートアップ関係者、大学の研究者など、通常の鉄工所では絶対に出会わない人たちを会社に招き、一緒に事業やイベントを行うことで、社内に変化をもたらしてきたのです。

「水は水門で止めてると淀んでいくんですけど、時折それを解放して流すような役割を私はしていると話したら、『乘冨さん自体が水門みたいですね』と言われました。『私は水門の会社で、水門やってるんだ』と、ハッとしました』
会社のビジョンは「OPEN THE GATE」。「門を開いて分断がない世界を作る」という経営理念を、乘冨さん自身が体現していることに気づいたのです。九州の柳川市で「地方で人が生き生き働いて、幸せに働く会社」のモデルを示し続けています。
「日本中でそういう会社が増えていってくれれば、もっと面白くなるんじゃないかなって思っています。そういう会社モデルのような、『こういうパターンもあるんだよ』を示せる会社であり続けたいです」
ファウンダーメンタリー(Foundermentary)は、様々な挑戦に立ち向かう人々の軌跡を発信しています。
事業変革や新規事業への取り組み、その背景にある想いのほか、決断に至るまでの迷いや困難との格闘など、挑戦者のリアルな声をドキュメンタリー映像として視聴者に届けます。作品を通して潜在顧客や求職者が企業や挑戦者をより深く知る機会を提供するとともに、起業・独立・事業承継を目指す方々に勇気と洞察を与える、「心を動かし、人とつながる」マルチメディアコンテンツを提供していきます。
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