バスの運転手が結んだご縁から始まった、70年の旅館を守る3代目女将の物語。鬼王荘の原田結実子さん

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2026年4月17日 公開
バスの運転手が結んだご縁から始まった、70年の旅館を守る3代目女将の物語。鬼王荘の原田結実子さん

福岡県古賀市薬王寺。かつて多くの旅館が軒を連ね賑わっていたこの地で、今も営業を続ける唯一の旅館が薬王寺の湯 鬼王荘です。創業70周年を迎えたこの旅館で、3代目女将として奮闘するのが原田結実子(はらだ ゆみこ)さんです。

それは原田さんが35歳だった雨の日のことでした。バスの運転手から「女将さんになってみない?」と声をかけられたことがきっかけで、縁談とお見合いを経て結婚し、旅館の女将という新しい人生を歩み始めました。

かつては博多の奥座敷として黙って構えていてもお客様が訪れてくれた時代がありました。しかし、原田さんが嫁いだ頃には、外食産業の発展とともに状況は変わっていました。そこで原田さんは、イベントの開催やカフェメニューの充実など、新しい取り組みを次々と導入し、古き良き日本の旅館に新しい風を吹き込んでいきました。

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バス運転手の一言で変わった人生

原田さんは、子供の頃に通っていた幼稚園の先生に憧れ「自分も幼稚園の先生になりたい」と幼児教育の道を志しました。幼稚園と保育園で勤務したり、レストランのウェイトレス、整形外科の受付、コンパニオン、仲居のアルバイトなど、様々な仕事を経験します。

「とにかく色々な仕事をしてきました。飲食業やサービス業が割合として多かったと思います。」

35歳当時の原田さんはケーキ屋とエステサロンを掛け持ちでアルバイトしており、ケーキ屋での仕事を終えて、エステサロンに戻ろうとバスに乗ったところ、いつも乗るバスとは異なる経由のバスに乗ってしまいました。

「すぐにバスを降りて反対側のバスに乗り込んだところ、その日は雨だったこともあり、乗客は私一人でした。その時にバスの運転手が「女将さんになってみないか?」と話しかけてきて『えー!』とびっくりしました」

突然の言葉に驚きながらも、その話に興味を持った原田さんはバスの運転手に連絡先を渡し、現在の鬼王荘の大将とお見合いをすることになりました。

「結婚したいなと思っていても、当時はなかなかご縁がありませんでした。そこにこの話が舞い込んで、運命みたいなのを感じて、すごく興奮したのを覚えています」

その後大将と結婚し、女将としての人生を歩みだした原田さんは、旅館の仕事に携わることへの不安は特に感じなかったと話します。

幼稚園教諭、保育士、レストランのウェイトレス、コンパニオンなど、これまで経験してきた様々なサービス業の仕事が、すべて女将という仕事に繋がっていくような気がしていました。お客様が今何を求めているのか、どうしたら喜んでもらえるのか。それらを瞬時に察する力は、これまでの人生で培ってきたものです。原田さんにとって旅館という新しい舞台は、自分のすべての経験を活かせる場所に思えたのです。

薬王寺と鬼王荘の魅力

薬王寺は、かつて7軒の旅館が軒を連ねる温泉地として賑わっていました。しかし、時代の流れとともに旅館は次々と姿を消し、今では鬼王荘が最後の1軒となりました。

「旅館は当館1軒になりましたけれども、薬王寺は施設やお店がたくさんある魅力的な町だと発信しています。人が多く来る所ではないけれども、ゆっくりできる福岡の穴場スポットとして感じていただきたいです」

2026年で創業70周年を迎えた鬼王荘。そのレトロな建物は、今日ではあまり見ることのできない日本家屋の趣を残しています。訪れたお客様には「実家のような懐かしさ」を感じられる、家庭的な旅館でありたいと原田さんは話します。

鬼王荘の一番の魅力は、何と言っても料理です。最近特に人気なのが、古賀の郷土料理である「鶏すき」です。砂糖と醤油だけのシンプルな味付けですが、地元の野菜と大将が育てた野菜を使うことで、素材の味が引き立ちます。また池の鯉を使った鯉料理も提供しており、新鮮で美味しいと評判です。

旅館には半露天風呂である家族風呂があり、窓を開けると庭が見え、虫の声や月を眺めながら、自然を感じることができます。温泉ではなく沸かし湯ではあるものの、お湯が柔らかく、疲れが取れることで長く利用しているリピーターも多いと原田さんは話します。

「鬼王荘は個室が4部屋、広間が4部屋の合計8部屋の小さな旅館です。そのため、家族の記念行事も兼ねて宿泊される場合、旅館を丸ごと貸切状態になることもあります。他のお客様と一緒になることがないので、すごく喜ばれています」

レトロな雰囲気を残す古き良き建物は、年々減っていく日本家屋が好きな方には評判です。しかし、老朽化によって雨漏りがする箇所もあり、メンテナンスには苦労を感じながらも、原田さんは古い日本家屋を残したいと考えています。

「この旅館には、今では作れないような柱や欄間が所々あります。「この柱すごいね」と感じてくださる方もいらっしゃるので、この建物が持っている良さを残していきたいと思っています」

原田さんは旅館に新しい要素も取り入れてきました。数年前にオープンしたテラスもその一つです。春には桜、初夏の夜には向かいに流れる川に飛び交うホタルと、テラスで四季折々の風景を愛でながらゆったりとコーヒーを飲むなど、薬王寺ならではの体験ができるのも大きな魅力の一つです。

3代目女将としての挑戦と改革

35歳で大将と結婚し、鬼王荘へとやってきた原田さんは、3代目女将として旅館を支える立場になりました。大将の母親である大女将とは話しやすく、仕事外では仲が良い一方で、旅館という仕事では方向性のズレを感じ、衝突することもあったそうです。

「昔の鬼王荘では「お客さんが居ない時が休み」でしたが、私は「静と動」のメリハリをつけたい性格なので、私が女将になってからは週に1日の定休日を設けることにしました」

定休日を設けたことで、原田さんのライフスタイルに変化が訪れたと話します。休みの日には街に出て情報収集をしたり、友達と会ってランチをしたり、仕事の時には見えてこない視点を得ることができるようになりました。旅館に役立つ新しいアイデアも、そうした時間から生まれてきます。

もう一つの大きな変化が、イベントの開催です。原田さんが嫁いだ20年程前から外食産業が街の方でも溢れるようになったことで、奥座敷で黙って構えているだけでは客足が遠のいてしまいました。「なにか楽しいことを提供したい」という思いから、様々なイベントを開催するようになりました。

鬼王荘では、ヨガや占い、落語会などを定期的に開催しており、最近ではコスプレのイベントも始めたと原田さんは話します。

「薬王寺は古賀市の一番奥にある静かな地域なので、近隣の方への迷惑も心配せずに様々なイベントを開催できるのが魅力だと感じています。「こんなイベントがあったら行ってみたい」と思っていただける、様々なイベントを始めるようになりました」

女将になって数十年、大女将も「あなたが好きなことなら、しなさい」と応援してくれるようになったことが原田さんにとって一番嬉しいことだと語ってくれました。しかし家族経営ならではの苦労もあります。基本は大将、原田さん、大女将の3人で旅館を切り盛りしているため、一人で何役もこなさなければなりません。

「掃除、電話対応、会計、接客など、すべてを家族でまかなっているため、お客様から『従業員はどこ?』と尋ねられることがあります」

一方で、家族経営だからこそできることもあります。お客様から「こんなことはできますか」と聞かれれば、なるべくニーズに添えるように柔軟に対応することができるのです。大きな旅館ではできない細やかな気配りと柔軟な対応。それが鬼王荘の強みでもあります。

子育て、介護、そして親友との別れ

女将として様々な挑戦を行ってきた原田さんでしたが、子どもたちが幼少期の頃に両親の介護が必要になりました。

「当時は保育園に送り迎えして、仕事と家事をして、夜は宴会に出る・・。1日ずっと休む暇がありませんでした」

そんな時に心の支えとなっていたのが親友との電話でした。電話で話すことで、ほっとできる。そんな親友がいたからこそ、原田さんは頑張ることができました。しかしある日のこと、その親友が亡くなりました。育児と介護が同時に重なる過酷な状況の中で、たった一つの心の拠り所を失った原田さん。その喪失感は、あまりにも大きいものでした。

「運転しながら「私、何してるんだろう」と涙がもうポロポロっと流れてきました。立ち直るのに時間はかかりましたが、子どもたちが居てくれからこそ「我慢できる」「頑張れる」と思えるようになり、乗り越えることができました。

この仕事の喜び、そしてこれからの展望

女将という仕事で一番大事だと思うことは、その瞬間「お客様が今何を必要としているか、今この人はどうしたら喜ぶのか」を察することだそうです。「パッと見た瞬時にその人の気持ちを掴む」。とても難しいことですが、同時にやりがいも感じると原田さんは話します。

「お客様からの「ありがとう、また来るね」とか「ただいま、また来たよ」という一言がすごく私のやりがいや喜びに変わり、疲れも吹っ飛びますね」

これまで様々な業種を渡り歩いてきた原田さんですが、旅館の女将になったことで「人との出会い」が大きく変化したと話します。

「普段の生活で知り合えない方がお客様として来てくださる。そしてお客様とお話しすることでいろんな発見ができる。この「出会いと発見」が、私の一番の喜びです」

原田さんの今後の展望の一つに、カフェメニューの充実があります。古賀市で採れるあまおうや甘夏、大将が作る渋皮煮を活かしたデザートや、カレーなどを「女将のメニュー」として、提供していきたいそうです。一方で、原田さんには大きな悩みもあります。それが後継者問題です。

「後継者については、現在一番の問題です。別の方への譲渡も考えていますが、子どもたちが戻って料理は行わないけど、オーナーとして運営するというのが私の夢です」

現在社会人として巣立った子どもたちですが、いつか「自分の故郷っていい所だな」と思ってもらえるような努力をしたいと原田さんは話します。

原田さんは地域への貢献活動にも力を入れており、読書ボランティアとして小学校での絵本の読み聞かせや、月末の木曜日には鬼王荘で「鬼と絵本の木」という日を設け、絵本を読んだり子育て中のお母さん達がおしゃべりする場を提供しています。

「外部から来られたママが、どのやって繋がりを作ればよいかが分からないとか、育児の情報共有をしたいといった声に応えて、応援とサポートできる場を作りたいと考えました」

子育て中のお母さんは孤立しがちです。原田さん自身もそうだったからこそ、お母さん達がちょっと一歩前に踏み出せるための空間を提供したいと考えています。

「旅館は70周年を迎えて古くはなっていますが「変えれる所は変え、残せる所は残す」。そういったメリハリをつけてお客様に還元していこうと考えています」

バスでの偶然の出会いから始まった女将という人生。原田さんはこう振り返ります。

「本当に不思議なんですけど、いろんなご縁が繋がっていて、やっぱり私はここに来るようになっていたんじゃないかなって思います」

鬼王荘は、原田さんにとって「自分に戻る場所」です。忙しい日常の中で、誰かのために頑張り続ける人たちが本当の自分に戻り、自分を見つめ、癒される場所。それが原田さんが目指す鬼王荘の姿です。

鬼王荘

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