福岡市で水産練り製品の製造業を営む株式会社博水。専務取締役の江越雄大(えごし ゆうだい)さんは、鮮魚から作るこだわりの練り製品で業界を盛り上げようとしています。
エソという未利用魚を活用したすり身を豊洲市場や全国の魚市場、高級ホテル・料亭に卸すほか、工場直売店では揚げたてギョロッケを販売。昨年11月には魚のすり身をベースとしたグルテンフリーの麺「BOKOMEN!」も発売し、従来の練り物のイメージを覆す商品開発に取り組んでいます。
江越さんが練り物業界に入るまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。
「保育園の卒業アルバムには『かまぼこ屋になる』と書いていましたが、実際には親を喜ばせるために書いただけで、大学卒業するまで一度も継ぎたいと思ったことはありませんでした」

大学卒業後はフィリピンに語学留学し、その後福岡に戻って印刷会社で営業として1年半働きましたが、仕事がきつく「自分の成長が感じられない」と感じ、転職を考えたと話します。
「祖母の葬式の時に、祖父母が頑張ってきて、それを父と母が継ぐことができたから、今の自分がいるんだ、そう思いました」
株式会社博水は初代が佐賀で創業し、2代目は戦争で亡くなり、3代目の祖父が福岡で新たに練り物業を始めた歴史を持ちます。祖母の葬式で、「これを残していかないといけない」と強く感じたといいます。

2015年、ベテラン社員の退職をきっかけに父から声をかけられ、転職を考えていたタイミングと重なったこともあり、家業に従事することを決意しました。

入社当初の江越さんは、「この会社を残していかないといけない」と感じつつも、決して前向きではありませんでした。毎日6時半から工場に入り、製造作業、機械や備品の洗い物、配達と翌日の準備、日々の業務の合間で営業活動を行うルーティンが5年間続きました。
「当初はここを継いでいくんだっていう覚悟を持って、決心を持って入ったわけではありませんでした。工場も夏は暑く冬は寒いし、毎日同じルーティンで、このまま給料増えるのかなとか、ずっとモヤモヤしながら仕事をしていた時間が長かったです」

大学の友人たちが大手企業で活躍する中、将来への不安を抱えながらの日々でした。しかしコロナ禍を経て、新商品の開発などに積極的に取り組むようになり、それから仕事が面白くなってきたと話します。江越さんは2023年に専務取締役に就任。2028年には代表取締役に就任する予定です。
「今はもう組織も若く社員さんも増えて、みんな未来に対してある程度希望を持って働いてくれているので、昔と比べてかなり未来は明るいと思っています。今は、過去の苦悩が全て希望に変わっていると感じています」
入社時は組織の規模も小さく、新しいことに取り組むための時間や知恵を絞り合う余裕がありませんでした。しかし現在は中途入社の社員たちがそれぞれの経験や知識を活かし、「こういった商品があったら面白い」「こういう見せ方するとお客さんに喜ばれる」といった意見を出し合いながら、未来を見据えて仕事ができる環境になったといいます。

株式会社博水の最大の特徴は、鮮魚から練り製品を製造していることです。
「日本の練り物のほとんどは海外から輸入した冷凍の原料から作られています。弊社は鮮魚から作っているので、完全に無添加で製造することもできます」
海外から輸入される冷凍すり身の多くには添加物が入っているため、同社では鮮魚を使うことで安全安心の商品作りを実現しています。主な商品は「エソ」から作った「えそ生すり身」です。
エソは小骨が多く骨も硬いため家庭での調理が困難で、釣り人からは「外道」と呼ばれ捨てられることも多い未利用魚ですが、実は旨味が強くおいしい魚です。

冷凍の海外産すり身を加工販売する会社が多い中で、株式会社博水は地元の魚市場で仕入れたエソを工場で捌きすり身として加工するという、昔ながらの製法で練り物を作っています。
製造したエソのすり身は豊洲市場や全国の魚市場、日本料理店や高級ホテルに卸し、現場で自家製のさつま揚げやかまぼことして提供されているほか、同社でも海鮮しゅうまいや博多てんぷらといった加工品をオンラインショップや工場直売店で販売しています。
「他社が当社の5倍のスピードで製造しているので、利益を圧迫してしまったり原価が高くなってしまうので、それが弱みだとは感じています。しかしその反面、鮮魚であるからこその強みだとも考えています」
株式会社博水ではエソを使った商品を多く製造していますが、エソの他にも利用されず食べられない「未利用魚」も商品に変えています。漁獲量の30%は廃棄されていると話します。

「コハダが成長すると、コノシロと呼ばれる魚になるのですが、臭いも強く価値が低くなります。行き場のない大量のコノシロを地元の魚市場や企業と協力して、学校給食として卸すことができました」
同社が鮮魚から製造できる技術を持っていることが、こうした案件獲得に繋がっています。他の練り物会社では鮮魚から製造する設備や技術、経験が不足しているため、同様の話を持ちかけても断られることが多いといいます。現在このような未利用魚活用の仕事が次々と同社に持ち込まれており、鮮魚から製造できる能力が大きな強みとなっています。

練り物業界全体が抱える課題は、消費者の魚離れと若い世代の練り物離れです。肉食化や食事の多様化により、魚の調理をしなくなり、練り物も昔に比べて食べられなくなっています。さらに業界では廃業が増え、後継者不足も深刻化しています。
この状況を変えるため江越さんが力を入れているのが、工場直売店での揚げたて「ギョロッケ」の販売です。魚のすり身を使った魚カツのギョロッケは九州で多く見られる料理の1つですが、揚げたてを販売しているお店は少ないと話します。
「練り物が一番おいしいのは揚げたてです。その美味しさをお客さんに感じてもらいたいという思いで、揚げたてを直売店で提供しています」

コロナ禍でイベント出店がなくなった際、自分たちでファンを獲得しようと始めたこの取り組みは、大きな反響を呼びました。
「練り物の概念が変わりました」「これまで食べた練り物で一番おいしいです」「口コミで聞いてきました」という声が続々と寄せられ、どんどんお客さんが増えています。
江越さんは「自分たちで分からなかった練り物の魅力や美味しさを、改めてお客さんに教えてもらっている」と感じており、これが仕事の楽しさや喜びに繋がっていると語ります。

2024年11月には、さらに革新的な商品を発売しました。魚のすり身をベースとした麺「BOKOMEN!」です。
「小麦粉を全く使ってないグルテンフリーの麺で、原材料が魚肉とでんぷんと塩と砂糖だけ。低カロリー低糖質で脂質も少なく、魚がベースなのでタンパク質も摂れる商品です」

魚嫌いのお客さんからは「普段魚を食べないが、この麺なら美味しく魚が食べられる」という声が寄せられています。また年配の利用者にとって肉や魚は、咀嚼力の低下により食べるのが困難になっていきますが、「BOKOMEN!」なら手軽に麺の形でタンパク質を摂取できるため、非常に重宝される商品となっています。

江越さんは単に商品を作るだけでなく、食育にも力を入れています。学校給食への納品に加え、小学校に出向いて授業も行っています。
「子どもたちにやっぱりおいしい練り物食べてもらいたいと思い、学校に出向いて授業をすることもあります。練り物の作り方や、会社の思い、そして食べないと伝統がなくなっていく・・そんな食育の機会を増やしていこうと考えています」

祖父母が住んでいた2階の居住スペースを人が集まれる場所として改築し、地域の人が店舗で商品を購入し食事をしたり、ちょっとした休憩スペースとして利用できるほか、親子向けの「練り物体験教室」も開催しています。
「経験を通して練り物を知ってもらうことで、楽しいと美味しいの思い出が残りやすくなります。当社では人と練り物の環境を提供し、ファンを増やしていきたいと思っています」

「自分たちはただ練り物を作ってお客さんに売っているだけではなく、練り物は『手段』だと思うようになりました」
この手段を通じてお客さんをどれだけ喜ばせられるかに意識が変わったといいます。練り物を使った食育や場の提供、健康づくりなど、様々な形でお客さんに価値を届けることができると気づいたのです。

健康づくりにおいては、練り物の健康価値を自ら体現するため、江越さんは2026年にボディコンテストへの出場を予定しています。
「私は筋トレが趣味なんですよね。ボディコンテストに出ることで、練り物からのタンパク質の効果を体現していきたいと思っています」

現代の忙しさと健康志向が高まっていく中で、調理しなくても手軽に食べられ、かつ栄養価の高い練り物は、食材として多くの可能性を秘めていると江越さんは考えています。健康的で美味しく新しい練り物の商品開発を今後も続けていくそうです。
現在は「地域の推し企業になる」ことを目標に掲げ、お客さんが応援したくなる企業を目指しています。

「お客さんから『美味しいね』と励まされることも多く、この仕事をしていて良かったなと思っています」
2028年の代表交代に向けて、経営指針や理念を整えながら、現在のスタッフとともに会社の方向性を固めている江越さん。嫌々就いた家業が今では使命感を持って取り組む事業となり、練り物業界に新たな可能性を示し続けています。
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