福祉車両の「困った」に24時間対応。利用者の命と安心を守る、「福祉車両修理専門店mechanic」代表の近藤雄次さん
福岡県朝倉郡を拠点に、「福祉車両修理専門店mechanic」を営む近藤雄次(こんどう ゆうじ)さん。車椅子を乗せるためのリフトやスロープといった福祉装置の点検・修理を専門に扱い、24時間体制で全国からの依頼に対応しています。福祉車両は、障害のある方や高齢者の移動に欠かせない存在です。 しかし、専門的な知識と技術を持つ整備士が少なく、故障した際の対応に困る施設や個人が数多く存在します。近藤さんは、豊富な部品在庫とスピーディーな対応を武器に、利用者の安全と施設の運営を支えています。
大阪出身の近藤さんがこの道に進んだきっかけは、16歳の時に出会ったバイクでした。整備士として20年以上のキャリアを積み、48歳で福祉車両修理専門店mechanicを立ち上げるまでの道のりは、決して平坦ではありませんでした。挫折や失敗を乗り越え、ようやくたどり着いた福祉車両の世界で、近藤さんは「ありがとう」と言われる仕事に喜びを見出しています。
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バイクレーサーの夢から整備士の道へ
大阪府堺市で生まれ育った近藤さん。両親は車に乗らなかったため、幼少期に車やバイクに触れる機会はありませんでした。しかし、16歳で初めてバイクに乗った時、その魅力に取り憑かれました。「自分のバイクぐらいは自分で整備をしないといけない」という思いがありました。
「10代の頃に読んだ漫画の不良の主人公が、バイクを愛しており、自分のバイクは自分で整備をして大事にしないといけないと言うところにすごく惹かれ、乗り物に興味を持つようになりました」
プロのバイクレーサーへの夢を抱くも、レーサーとしての活動には資金が必要だと感じ、収入を得るために整備の世界に足を踏み入れたのです。しかしバイクの事故で骨折をしてしまい、その夢は打ち砕かれる挫折を経験します。
本格的に整備士を目指すため専門学校に進学。整備について学ぶうちに、興味はバイクから車へと移りました。20代の頃にアメリカ車やドイツ車を扱う専門店で修行を始めます。当時は「丁稚奉公」と呼ばれる、給料をもらわない代わりに技術を習得できる文化がまだ残っていた時代でした。厳しい環境でしたが、近藤さんは技術を磨き続けました。 その後、独立して36歳頃まで大阪で自動車整備業を営み、外車の輸入を本格的にやりたいという思いから、東京への進出を決意しました。映画『ワイルドスピード』に衝撃を受け、そういった車を自分で作りたいという夢を抱いていたのです。 しかし、東京には同じような夢を持つショップが山のようにありました。激戦区での競争、資金不足、思うように仕入れができない日々。近藤さんは再び挫折を味わうことになります。
「無力さと資金の少なさがどんどん響いてきてしまい、思うように車や部品も仕入れできない。売上がない日々が続いて、もうこれ以上続けるとさらに悪くなるだけなので、その事業からは身を引きました」
大阪に帰る選択肢もありましたが、友人や同業者に背いてまで東京に出たという罪悪感から、帰郷することができませんでした。そこで近藤さんが選んだのが、妻の実家がある鹿児島への移住でした。40代前半で、スローライフを求めて鹿児島で再スタートを切ります。
福祉車両との出会い、そして40代でのリスタート
2014年頃、近藤さんは整備業界の変化を肌で感じていました。ハイブリッド車の普及により、車が壊れなくなってきたのです。整備士の仕事がどんどん減っていく中で、近藤さんは新たな活路を模索していました。
「整備業界の流れが変わっていく中で、これまでの整備だけではなかなか食べていけないと感じました。何かもう1つやれることがあるんじゃないかと思い見つけたのが、福祉車両というカテゴリーでした」
最初は純粋に、整備の仕事をもらうための間口を広げようという考えでした。しかし、実際に福祉車両に関わっていくうちに、近藤さんの意識は大きく変わっていきます。
「福祉車両の良さや必要性、一般車とは違った角度からの重要性を体験することができて、どんどん福祉車両にのめり込んでいきました」
鹿児島で福祉車両を扱い始めた近藤さんは、福岡県久留米市の福祉車両販売店「福祉車両のたすかる」の池田さんと出会います。情報交換をしていくうちに、本格的に福祉車両を専門で扱いたいという思いを強め、40代で福岡県へ移住。福祉車両販売店で会社員として働きながら、独立の準備を進めていきます。
体力的な問題も近藤さんの背中を押しました。30代は3つ、4つの仕事を同時にこなせていましたが、年を重ねるにつれて、それができなくなってきたのです。「ここで起業の機会を逃すと、もう体力と知力が追いつかない」という危機感がありました。 こうして2023年に近藤さんは福祉車両修理専門店mechanicを設立、新たな一歩を踏み出したのです。
スピーディーさと部品在庫の豊富さが武器
福祉車両修理専門店mechanicが扱うのは、ハイエースやヴォクシーといった車両に車椅子を乗せるために必要な、リフトやスロープなどの福祉装置の点検整備や修理です。
お客さんの7割は法人、3割が個人です。特に多いのが、障害のある子供を預かる放課後デイサービスや、就労支援を行う施設です。これらの施設では、送迎に福祉車両が不可欠です。 送迎中にリフトが止まってしまい、利用者を降ろせなくなった。利用者の家で動かなくなった。こうした緊急の依頼が多く寄せられます。近藤さんは、まず電話で対応し、電話では難しい場合は現場に出向き、点検・修理を行うのです。
また、定期点検も行っています。朝の送迎と夕方の送迎の間の3〜4時間、車が動いていない時間に施設に出向き点検を実施。悪い箇所を見つけ出し、その場で修理することも多いと近藤さんは話します。
「よく壊れる部品に関しては在庫を持っています。現場で作業を行い、夕方の送迎には間に合うように、スピーディーをモットーにサービスを提供しています」
福祉装置を扱える業者は少なく、一般車両の部品を取り扱う業者では福祉車両の特殊な部品の仕入れに時間がかかることもあります。部品の仕入れに日数を要してしまっては、福祉施設での毎日の送迎ができなくなり、施設の運営に支障をきたします。
「私がスピーディーに対応することによって、施設の通常業務を止めることなく送迎が可能になります。そのように仕事をさせていただいていることもあり、ありがたいことにご依頼を多くいただきます」
近藤さんは「全国対応」を掲げており、福岡県を中心とした九州のみならず、大阪などの遠方での対応も可能と話します。
1人だからこその悩みと、協力店ネットワーク
福祉車両修理専門店mechanicの強みは近藤さん個人の技術とスピード対応ですが、近藤さんは現在1人で事業を営んでいるため、対応できる範囲に限界があると感じているそうです。
解決策として、近藤さんは各地方に協力店を置いています。福岡、九州を含め、協力店として通常の整備工場や福祉車両を取り扱う整備工場と提携しています。10数年前の車業界では、「他店は敵」という考え方が主流でした。しかし、近藤さんは違います。
「競合ではなく、お互い足らないところを補っていきながら、協力していく必要があると思っています。お客様がやっぱり一番安心して車に乗れる環境を僕たちが作らないといけないと感じているからです」
近藤さんは多い時で一日200〜300km車を走らせる事もあり、1人では対応できるお客さんの数にも限界があります。しかし、協力店と連携することで、どんな時もお客さんの問題を解決できる環境を整えていると話します。
主にお客さんの紹介によってサービスが広がっているなかで、近年ではInstagramでの発信にも力を入れています。毎日投稿により「こういった仕事をしてる人がいる」ことを知ってもらう努力を続けています。
「車椅子と福祉車両の安全操作勉強会」で知識を伝える
近藤さんが提供するのは福祉車両の点検修理だけにとどまりません。「車いすと福祉車両の安全操作勉強会」を開催し、福祉施設の運転手や職員に、福祉車両と車椅子の正しい使い方を伝えています。
「運転手や施設様がいかに安全安心に利用者様を送迎できるか、私はそこに重きを置いています」
近藤さんが勉強会を始めたきっかけは、自分の知識が利用者の安全な送迎に繋がる場面を目の当たりにしたことでした。「知識を自分だけに留めるのではなく、皆が知っている方が絶対的に役に立つ」そう確信した近藤さんは、立ち話だけでは伝えきれない知識を体系的に教える場を作ることにしたのです。 施設からの依頼があれば、自ら出向いて勉強会を開催します。2時間で近藤さんの知識を全て伝える気持ちでノウハウを提供しています。2025年にはすでに6回開催しています。
「参加者は『本当に勉強になった』と話してくれました。今まで使い方を間違えて苦労されていた方が多く、もっと早く聞いておきたかったという声をいただきました」
福祉装置の正しい使い方が普及しない背景には、福祉車両を購入する際の説明不足があると近藤さんは話します。福祉車両修理専門店mechanicのような修理専門店や販売専門店が少なく、多くの場合一般車両のディーラーから福祉車両を購入します。しかし、ディーラーには福祉車両に詳しい人がいないため、購入時にちゃんとした説明がなされていないことが多いのです。 近藤さんが開催する勉強会で最も多く寄せられる質問が、送迎中の車椅子の緩みについてです。
「車椅子をしっかり固定できないというご相談が多いです。走行中はどうしても車が揺れるので、利用者様が揺れて大きな事故に繋がってしまいます」
近藤さんは、法人向けの勉強会だけではなく、商業施設での福祉車両のイベントも開催しており、大きな反響呼んでいます。定期的にこうしたイベントを行うことで、福祉車両に関わる環境づくりを進めています。
「『福祉車両を扱ってる車屋さんがこれだけある』『私のような専門店の方もいる』と安心して福祉車両に乗れるような環境づくりを行っていることを、もっとこれからも発信していくことが私の使命だと感じています」
イベントや勉強会の活動を通じて、様々な業者や販売店にもっと福祉車両を知ってもらい、知識を広めていく。そうすることで、今後福祉車両が便利になっていくと近藤さんは考えています。 近藤さんの展望は、福祉車両だけにとどまりません。今後は車椅子や電動車椅子の点検整備にも力を入れていく予定です。
「車椅子自体も点検整備を行わないと命に関わってしまいます。今の福祉装置の事業と同じように、私が出向いた先で車椅子のトラブルがあれば、問題解決できるような体制を作っていきたいです」
特に高齢化が進む中で、自宅で電動車椅子を使用する高齢者が増えています。車椅子が故障した場合、メーカーに送り修理を待つのが一般的です。これでは発送の手間と車椅子がしばらく使用できないという問題が発生すると近藤さんは話します。
「私が今行っている出張スタイルと同じように、その場で修理できればと考えています。車椅子が故障しても、すぐに使えて安心できるような環境にしたいです」
「近藤さんの声を聞いて落ち着いた」
ある日、体の不自由な子供を乗せたお客さんが事故に遭ってしまいました。パニックになったお客さんが警察や保険会社よりも先に電話をかけたのが、近藤さんだったのです。
「『近藤さんの声を聞いて落ち着いた。近藤さんに連絡がついたから良かった』と言っていただき、その方は無事に事故処理を終わらせることができました。私の事を信頼していただき、感謝の言葉を頂くというのは、とても嬉しいことでした」
このエピソードを通じて近藤さんは感じました。お客さんが不安な時、その不安を取り除くのが自分の第一使命だと。電話がかかったらすぐに取り対応する、そうした行動の一つ一つが、お客様の安心につながっているのだと感じたそうです。
「苦しいことはありますが、その苦労を糧として私の中に取り込むようにしてるので、今は楽しく仕事をしてます。面と向かって『ありがとう、助かった』って言っていただける仕事が少ない中で、車の整備の仕事は感謝の言葉が聞けるので、私は良い仕事だと思っています」
近藤さんは今日も、福祉車両の「困った」に応えるため、全国を駆け回っています。40代で新たに独立し、ようやくたどり着いた「ありがとう」と言われる仕事。その喜びを、近藤さんは一人でも多くの人に届けようとしています。



